「一度やめてしまったけれど、また空手をやりたい」
そう思っている人に向けて書きます。
私は中学1年で空手を辞めて、高校3年で戻りました。ブランクは約5年です。そして戻ってから、全日本ウェイト制空手道選手権大会に2回、全日本空手道選手権大会(無差別)に1回出場しています。
ただし、私は褒められた辞め方をしていません。そこも含めて書きます。
先に結論
- 辞めた理由は部活が始まってしんどかったから。時間はありました。空手をやりたい気持ちが強くなかっただけです
- 辞め方は行かなくなっただけ。道場に伝えたのは親です。今でも後悔しています
- 離れていた5年間はずっと陸上部。もう一度やりたいとは、ずっと思っていました
- 戻ったきっかけは部活が終わったから。バイトでお金を貯めて行きました
- 抵抗はありませんでした。道場の責任者が変わっていて、知っている人はほぼいませんでした
- 動きは大体覚えていました。ただし柔軟性がなくなり、高い蹴りが蹴りにくくなっていました
- 帯は最初から無級。白帯から始めました。選べたかもしれませんが、自分でそうしたかったからです
- 戻ってから最初の全国大会まで約4年。その後、全日本ウェイト制に2回、全日本(無差別)に1回出場しています
- 私が戻るために必要だったのはもう一度やりたい気持ちと、道場との会費・手続きが整理されていることの2つでした
中1で辞めた理由は「気持ちがなかった」からです
まず、辞めたときのことから書きます。
中学に上がって部活が始まり、しんどくて空手に行かなくなりました。
ここは正確に書いておきたいところです。
時間はありました。その時は、空手をやりたい気持ちが強くなかっただけです。
「部活が忙しくて時間がなかった」ではありません。行こうと思えば行けたと思います。行かなかったのは、行きたいと思わなかったからです。
これは、子供が「辞めたい」と言ったときを考えるうえでも意味があると思っています。本人が「時間がない」と言っていても、実際は気持ちの問題であることがあります。そして本人にも、その区別はついていないことがあります。
私の辞め方は、褒められたものではありません
ここは書きにくいのですが、書きます。
私は道場に行かなくなっただけです。そして辞めることを道場に伝えたのは、親でした。
今でも、この辞め方は後悔しています。
自分で言わなかったこと。世話になった人たちに、何も言わずに消えたこと。技術的なことや成績のことより、ここが一番心に残っています。
空手が続かない理由で私は「辞める人はきちんと宣言して辞める」と書きました。私自身は、その例外でした。
離れていた5年間
中1から高3まで、約5年空いています。
その間はずっと陸上部にいました。運動から離れていたわけではありません。
そして、これは書いておきたいことです。
もう一度やりたいとは、ずっと思っていました。
5年間、忘れていたわけではありません。戻る条件が揃っていなかっただけです。
戻ったきっかけは「部活が終わったから」
高校3年で戻りました。きっかけは単純です。
部活が終わったからです。
劇的な出来事はありません。時間が空いて、ずっとやりたいと思っていたことに戻った、それだけです。
そして、もう1つ。
バイトでお金を貯めて行きました。
高校生なので、親に出してもらう選択肢もあったはずです。自分で払って戻ったのは、辞め方の後悔と無関係ではなかったと思います。
費用の全体像は子供の空手にかかる費用と道具と費用にまとめています。

戻るときの抵抗はありませんでした
「気まずくないか」「恥ずかしくないか」。ここが一番気になる人が多いと思います。
私には抵抗がありませんでした。
理由ははっきりしています。
- 道場の責任者が変わっていました
- 知っている人は、ほぼいませんでした
5年経つと、道場の顔ぶれは変わります。私が気まずさを感じる相手が、そこにいなかったということです。
これは、戻ろうか迷っている人には現実的な情報だと思います。私のように、時間がたって責任者や顔ぶれが変わっていることもあります。現在の雰囲気は、復帰前に見学して確かめるのが確実です。
逆に、ブランクが短ければ知っている人は残っています。そこは道場に確認するか、見学に行って確かめるしかありません。指導者が変わっているかどうかも含めてです。

体と技術はどうだったか
5年空けて戻ったときの実感です。
| 動き・技術 | 大体覚えていた |
| 柔軟性 | なくなっていた。高い蹴りが蹴りにくかった |
私の場合、動きや技術はある程度残っていました。5年空いても、基本動作や技の順序は大体覚えていました。
落ちていたのは柔軟性です。陸上部で運動自体は続けていましたが、空手で使う可動域は別でした。上段の蹴りが以前のようには出せなくなっていました。
私が戻ったときに困ったのは、技術より柔軟性でした。ただし復帰時の状態は、年齢、ブランク中の運動、ケガなどで変わります。柔軟性を高める方法にまとめましたが、私はもともと体が硬く、ここは戻ってからやり直しました。
復帰初日から以前と同じ強度に戻さず、段階的に上げてください。痛み、強い息苦しさ、めまいなどがあれば中止し、必要に応じて指導者や医療専門職へ相談してください。

帯は無級から。自分で白帯を選びました
実務的なところです。戻ろうとしている人が一番気にするのはここだと思います。
私は最初から無級、白帯からやり直しました。
そして正直に書くと、もしかしたら選べたかもしれません。元の帯から再開する道もあったかもしれない、ということです。
それでも白帯から始めました。そうしたかったからです。
5年空いた自分が、以前の帯の実力を保っているとは思えませんでした。帯の色に体がついていかない状態が、一番やりにくいと思ったのだと思います。
ここは道場によって扱いが違うはずです。元の帯で戻れる道場もあれば、審査を受け直す道場もあると思います。帯と昇級審査にも書きましたが、復帰時の扱いは必ず確認してください。

戻ってから最初の全国大会まで約4年でした
時間の話です。
高3で白帯から再開して、最初の全国大会に出るまで4年くらいかかりました。
その後、全日本ウェイト制空手道選手権大会に2回、全日本空手道選手権大会(無差別)に1回出場しています。
これをどう読むかは人それぞれだと思います。5年のブランクがあって、白帯からやり直して、4年で全国大会に出られたとも言えますし、4年かかったとも言えます。
私が言えるのは、少なくとも私の場合、5年のブランクが、その後の競技実績の上限にはならなかったということだけです。伸びる人と伸びない人にも書きましたが、差を分けていたのは経歴ではありませんでした。
私が戻るために必要だった2つのこと
戻ってこなかった人もいます。ただ、何が復帰を分けるかを2つだけで一般化はできません。本人の生活、健康、道場の受入状況もあります。
ここでは、私自身が戻るために必要だったことを2つ書きます。
1. もう一度やりたい気持ちがあるか
これが一番です。
私の場合、5年間ずっと思っていました。逆に言えば、その気持ちがなければ、条件が揃っても戻りません。
辞めた理由が「気持ちが強くなかったから」で、戻れる理由が「気持ちがあったから」。同じものが、両方を決めています。
2. 会費と退会手続きが整理されているか
こちらは実務的で、そして重い話です。
月謝の未納や退会手続きの不明点があると、同じ道場へ復帰するときのハードルになります。
気持ちがあっても、精算しなければならない状態からのスタートになるからです。
ただし、未納があれば二度と戻れないと一律には言えません。まず道場へ事情を説明し、在籍状況、未納額、必要な精算や手続きを確認してください。そこが整理できれば、戻れる可能性はあります。
私は行かなくなった辞め方をしましたが、お金の面では親が処理してくれていました。だから戻れたという面はあると思います。
戻れるようにしておく方法があります
ここは、今まさに辞めるか迷っている人に向けて書きます。
退会ではなく、休会という選択肢がある道場があります。

例として、極真会館総本部道場の入会案内には次の記載があります(2026年8月確認)。
- 休会・退会は前々月の20日までに所定の用紙を提出する(電話での受付は不可)
- 連絡がない場合は、所定の月会費が発生する
なお、現在の同ページに休会費の金額は掲載されていません。私が在籍していた当時は1か月1,080円でしたが、現在も同額かは確認できていません。休会費を含む条件は道場・支部によって異なるため、必ず所属道場へ確認してください。
金額も手続きも道場によって違いますが、「一度離れるが、籍は残す」という選択肢があることは知っておいて損はありません。
私は大人になってから、ジムを休会していて、その期限が切れたタイミングで再開しました。やる気が出るのを待つより、選ばざるを得ない場面を作っておく方が早いことがあります。
そして何より、辞め方をきちんとしておくことです。私のように後悔しないためにも、戻れる道を残すためにも。
ちなみに私は、高3で復帰したときは白帯からのやり直しでした。そこから初段まで約5年かかっています。その5年の終わりにある昇段審査については、極真の黒帯まで5年——昇段審査の内容と10人組手に書きました。
まとめ
- 辞めた理由は部活がしんどかったから。ただし時間はあった。気持ちが強くなかっただけ
- 辞め方は行かなくなっただけ。伝えたのは親。今でも後悔している
- 離れていた5年は陸上部。もう一度やりたいとはずっと思っていた
- 戻ったきっかけは部活が終わったから。バイトで貯めて自分で払った
- 抵抗はなかった。責任者が変わり、知っている人はほぼいなかった。時間がたつと顔ぶれは変わる。現在の雰囲気は復帰前に見学して確かめるのが確実
- 動きは大体覚えていた。落ちていたのは柔軟性。高い蹴りが蹴りにくかった
- 帯は無級・白帯から。選べたかもしれないが自分でそうした。扱いは道場による
- 戻ってから最初の全国大会まで約4年。少なくとも私の場合、5年のブランクは、その後の競技実績の上限にはならなかった
- 私が戻るために必要だったのはもう一度やりたい気持ちと、道場との会費・手続きの整理の2つ
- 休会という選択肢がある道場もある。辞め方をきちんとしておくと、戻る道が残る
本記事は運営者の実体験に加え、公開されている道場の案内を参照しています。復帰時の帯の扱い、休会の条件、費用は道場・団体によって異なります。必ず所属していた道場へご確認ください。
辞めたいと言われた場合は子供が「空手を辞めたい」と言ったら、辞める理由の全体像は空手が続かない理由、仕事との両立は社会人が空手を続けるにはにまとめています。


コメント