試合が終わった直後の会場で、こういう声を聞いたことがあります。
「お前何やってんねん」
「なんであの時もっと行かんかってん」
叩きながら言っている親もいました。
私は極真空手を約15年やって、自分も試合に出ましたし、道場で子供たちを見てきました。負けた後に何が起きるかは、何度も見ています。
この記事では、実際に見た場面と、その後どうなったかを書きます。
先に書いておくと、私は「これが正解」という答えを持っていません。その理由も最後に書きます。
先に結論
- 最初は「お疲れさま」「頑張ったな」と短く伝える
- 泣いている、黙っているときは、すぐに反省を求めない
- 話したそうなら、親の評価より先に本人の話を聞く
- 落ち着いてから、良かった点と次に取り組むことを一緒に整理する
- 叩く、人格を否定する、人前で責め続けることはしない

実際に見た場面
飾らずに書きます。
試合会場で、負けた直後の子供に対して、こう言っている親を見ました。
「お前何やってんねん」
「なんであの時もっと行かんかってん」
叩きながら言っている親もいました。
一度きりではありません。何度か見ています。
その子たちがどうなったか。私が見た範囲では、辞めました。
これは私が見た範囲の話で、統計を取ったわけではありません。叱られたから辞めた、という因果関係を証明できるものでもありません。ただ、続かなかったという事実は残っています。
なぜ人が辞めるのかは空手が続かない理由にまとめましたが、子供の場合、辞める前に稽古の頻度が落ちていきます。その入口がどこだったかは、後からでは分かりません。
指導者が介入しているのは、私は見ていません
ここは正直に書いておきます。
そういう場面に、指導者がその場で介入しているのを、私は見たことがありません。
ただし、これは私が見ていなかっただけかもしれません。その場では言わずに後日あらためて親に伝えているケースや、私が居合わせていない場面で対応しているケースはあったと思います。「誰も何もしていなかった」と断定できるものではありません。
そのうえで、この記事を読んでいる方に伝えたいのはこちらです。「まずいことをしていれば、その場で誰かが止めてくれる」という前提は、持たない方がいいと思います。少なくとも私が見ていた範囲では、その場で止まってはいませんでした。
道場での型:子供が自分で報告しに行く
一方で、道場側の対応には決まった形がありました。
試合が終わると、子供が自分で先生のところへ、試合の内容を報告しに行きます。
先生はそれに対して、労いの言葉と、今後の課題を話します。
これは書いておきたい点です。私が通っていた道場では、試合直後に子供が最初に向き合う相手は、親ではなく指導者でした。
順番があるということです。子供は自分で結果を言葉にして、指導者から評価を受ける。その工程が終わった後に、親のところへ戻ってきます。
親が試合直後に真っ先に評価を下すのは、この順番を飛ばしていることになります。
私が良いと感じた対応をしていた親は、何をしていたか
こちらも見ています。
やっていたことは、シンプルでした。
- 話を聞く
- 今後の課題を一緒に考える
以上です。特別なことはしていません。
「話を聞く」が先に来ているのが重要だと思っています。課題の話をするにしても、その前に子供が何を思っているかを聞いている。順番が逆になると、それは課題の共有ではなく、ダメ出しになります。
私の親は「頑張ったな」でした
自分の話を書きます。
私が試合で負けたとき、親は「頑張ったな」というようなことを言っていました。
正直に言うと、細かい言葉は覚えていません。ただ、親に関するマイナスな記憶はありません。
一方で、負けて悔しい気持ちはありました。これは自分の中にありました。
ここが大事なところだと思っています。悔しさは、親が与えなくても、本人の中にあります。私の場合、親が悔しさを追加する必要はありませんでした。
子供が「空手を辞めたい」と言ったらにも書きましたが、私は中1で一度辞めて、高3で戻っています。辞めた理由は今でもはっきりしませんが、試合で負けたことが理由ではありませんでした。
負けた直後の子供は、どういう状態か
泣いている子は多いです。
これは実際にそうです。悔しくて泣く子、緊張から解放されて泣く子、いろいろですが、泣いている子が特別ではありません。
泣いている最中は、理屈の話を受け止めにくいことがあります。その場でできることは、多くありません。
私が見ていた道場では、先ほど書いた通り、子供が自分で先生に報告に行くという流れがありました。泣いていても、その工程は同じです。言葉にするところまでは、本人がやります。
何とも思っていないように見える子
逆のケースもいました。
負けても何とも思っていないように見える子です。
ただ、これについては書き方に注意が必要です。本当のところは分かりません。表に出さないだけかもしれませんし、実際に気にしていないのかもしれません。
私の考えは、とりあえず話を聞く、です。
見た目で判断して「悔しくないのか」と言うのは、違うと思っています。もし本人が実は悔しがっていた場合、その一言は的外れになります。

振り返りを始めていい場面はあるか
本人が落ち着き、話す意思があるなら、振り返っていいと思います。
「もっと練習しておけばよかった」と本人が思っているなら、責めるのではなく、本人が気づいた課題を一緒に整理します。
ここは書き方に注意が必要なところです。本人がすでに後悔しているということは、その子はもう自分を責めている可能性があります。そこに外から責める言葉を足す必要はありません。「後悔している=叱っていい」ではありません。
線引きは、後悔の有無だけではありません。次も確認します。
- 今、話を受け止められる状態か
- 本人が話したいと思っているか
- 次に変えられる行動の話か
逆に、本人が課題をまだ言葉にしていない段階で反省を迫っても、親の意図は伝わりにくいと思います。まずは見た目で決めつけず、本人がどう受け止めているかを聞きます。
負けは結果です。結果を責めても変えられません。変えられるのは、本人がやると決めた部分だけです。
ただし、注意する行為はあります
厳しさを一切なくすという話ではありません。
負けた結果は叱りません。一方で、相手への暴言、故意の反則、安全上の指示を無視する行為は、その行為を短く具体的に注意します。
人格は否定しません。「お前は」ではなく「今のあの行為は」で話す、ということです。組手の安全については組手・スパーリングの心得と安全にまとめています。
「過程を褒める」とは、具体的に何を言うことか
よく「結果ではなく過程を褒めましょう」と言われます。抽象的なので、私が実際に何を伝えるかを書きます。
伝えているのは、この2つです。
- 今までの稽古で、頑張ってきたこと
- その頑張りには、次に活かせる部分があるということ
具体的な稽古の中身に触れるということです。「頑張ったね」だけだと、何を見ていたのかが伝わりません。「あの蹴りの練習を毎回やっていた」のように、実際に見ていたことを言うと、意味が変わります。
これは伸びる人と伸びない人に書いたことと繋がっています。私が見てきた中で伸びた人は、試合と試合の間に何をしていたかで差がついていました。試合当日の結果は、その一部でしかありません。
公的資料は何と言っているか
私の見聞だけでは偏るので、公開されている資料も見ておきます。
ユニセフ「子どもの権利とスポーツの原則」
日本ユニセフ協会が示している原則があり、原則10は保護者に向けたものです。
保護者は、スポーツとの関わり方、楽しみ方を親子で共有し、子どもがどのようなサポートを必要としているかに配慮し、過度な期待や関与等によって子どもに悪影響を与えないようにする。
子どもは自らに負荷をかけすぎることもあり、子どもを守るために時におとなが限界を設定する必要があることも認識する。
後半は見落としやすい部分だと思います。子供自身が自分を追い込みすぎることがあるので、大人が止める側に回る場面もあるという話です。「もっと頑張れ」だけが親の役割ではない、ということになります。
原則1には、勝敗についての記述があります。
試合における勝利だけに価値があるという考え(勝利至上主義)は必ずしも子どもの最善の利益にはつながらないこと、また、生涯にわたる子どものスポーツへの参加を促進することにはならないことに留意する。
また原則3では、子どもに対する精神的な虐待、侮蔑的な言葉使いや扱いを禁止することが挙げられています。指導・練習・競技のあらゆる過程が対象で、身体的な暴力も明確に含まれています。
冒頭に書いた「叩きながら言っている親」は、この原則からは明確に外れています。
参考資料:
米国小児科学会(AAP)の2019年報告
保護者の言動について、次の記述があります。
- 親からの批判と高すぎる期待は、いずれも若い選手の燃え尽きと関連が指摘されている要因である
- 統制が強すぎる親からのプレッシャーは、パフォーマンス不安と結びつけられている
- 一部の親は観客席で叫ぶ・もめる・審判に食ってかかるといった行動をとり、これは子供に恥ずかしい思いをさせ、スポーツの楽しさを減らす
ここは正確に読む必要があります。「関連が指摘されている」「結びつけられている」という書き方であり、「必ずそうなる」という因果を示したものではありません。
同報告は、親の役割として次を挙げています。
- 参加するかどうかは子供の興味が決める
- 勝つことではなく、参加することを前向きに支える
- 楽しむこと、学ぶこと、技能が上達していくことを支える
参考資料:
体罰・暴言について、相談できる窓口
この記事では、叩きながら叱っている場面に触れました。あわせて書いておきます。
叩く、人格を否定する言葉を投げるといった行為は、しつけや指導ではなく虐待にあたる場合があります。自分の家庭のことでも、他の家庭について気になったことでも、相談できる窓口があります。
| 窓口 | 番号 | 内容 |
|---|---|---|
| 児童相談所虐待対応ダイヤル | 189(いちはやく) | 24時間365日・通話無料・匿名可 |
| 児童相談所相談専用ダイヤル | 0120-189-783 | 虐待以外の子育ての相談も可・無料 |
189は2019年12月から通話料が無料になっています。通告・相談は匿名でもでき、内容の秘密は守られるとされています。
それでも、正解は1つではないと思っています
最後に、私の考えを書きます。
ここまで書いてきましたが、子供に対しての正解はないと思っています。
ある子にとって正解だった接し方が、他の子には合わないことがあります。泣いている子にそっとしておくのが良い場合もあれば、話を聞いてほしい場合もあります。同じ子でも、その日によって違います。
だから私は、親が子供と向き合って、一生懸命に試行錯誤しながら接することが大事だと思っています。
これは投げているわけではありません。正解が1つないからこそ、その子を見る以外に方法がないということです。
資料の側も、実は同じ方向を向いています。ユニセフの原則は「子どもがどのようなサポートを必要としているかに配慮し」と書いていて、具体的な台本は示していません。AAPも「子供の興味が参加を決める」としています。どちらも、決まった正解の形を出していません。
やってはいけないことは、はっきりしています。叩くこと、人格を否定することです。そこから先は、その子を見て決めるしかありません。
まとめ
- 試合直後に子供を叱っている親を、会場で何度も見た。叩きながら言っている親もいた
- 私が見た範囲では、そういう子は辞めた。ただし因果関係を証明できるものではない
- 指導者がその場で介入しているのは、私は見ていない。ただし後日伝えているなど、私が見ていない形の対応はあったと思う。その場ですぐ止まるとは限らないという前提は持っておいた方がいい
- 私が通っていた道場では、試合後に子供が自分で先生に報告しに行った。先生が労いと課題を話す。親が最初の相手ではなかった
- 私が良いと感じた親の対応は、話を聞くことと、今後の課題を一緒に考えること。順番が重要
- 私の親は「頑張ったな」。マイナスな記憶はない。悔しさは本人の中にすでにあった
- 泣いている子は多い。泣いている最中は、理屈の話を受け止めにくいことがある
- 何とも思っていないように見える子もいた。ただし本当のところは分からないので、まず話を聞く
- 振り返りを始めていいのは、本人が落ち着き、話す意思があるとき。「後悔している=叱っていい」ではない。後悔している子は、すでに自分を責めている可能性がある
- 負けた結果は叱らない。ただし暴言・故意の反則・安全上の指示の無視は、その行為を短く具体的に注意する。人格は否定しない
- 「過程を褒める」とは、具体的な稽古の中身に触れること。「頑張ったね」だけでは何を見ていたか伝わらない
- ユニセフの原則は勝利至上主義は必ずしも子どもの最善の利益にならないとし、精神的な虐待や侮蔑的な言葉を禁止している
- AAPは親の批判と高い期待が燃え尽きと関連するとしている。ただし関連であって因果ではない
- 体罰・暴言については189(通話無料・24時間・匿名可)で相談できる
- 正解は1つではない。ある子に合う接し方が、他の子には合わない
- やってはいけないことははっきりしている。そこから先は、その子を見て決めるしかない
本記事は運営者の実体験に加え、公開されている公的機関・国際機関の資料を参照しています。子供の受け止め方には個人差があります。お子さんの様子に強い不安がある場合は、専門家にご相談ください。
何歳から始めるかは子供の空手は何歳から、辞めたいと言われた場合は子供が「空手を辞めたい」と言ったら、そもそも習わせるべきかは子供に空手を習わせるべき?にまとめています。

